2020年11月19日木曜日

美のエッセンス

どんなに技巧をこらしても、自然の美しさをそのまま写しとってそれが自然に勝るなんてことは不可能なんです。
でも、その自然の美しさのある一瞬や、凝固して
純化されたエッセンスのようなものは、人間なりに解釈して色や絵にすることはできる。それはもしかすると大自然の美を超えているかもしれない。

自然の美の前にひれ伏すことができる人であればこそ、エッセンスの美を味わうことができるのです。

2020年11月17日火曜日

キュレイションなること

 



いざ自分でギャラリーのコンセプトを任されて気づいたことなんですが、これはもしかすると金銭の授受がかかったキュレイションなる立ち位置を、一度は経験してみた方がいいなという考えに至ったりしてます。

デザイナーの立場だと、「作る人」「売る人」「買う人」「使う人」の四方一両得を常に考えながら仕事をするのは当たり前なんですが、アート…絵を描いているとその辺がどうしても抜ける。やはり「アートである」という気負いというか、いろいろふっ飛んでしまうのでしょうか。

でもよくよく考えると、アートだって誰かが「欲しい」と思うから産業になるわけで、誰もほしくないものを作り出してもそれは単純にゴミなわけで。

岡本太郎氏が「芸術なんて路傍の石と同じだ」と言われましたが、石ころだって需要があれば重要な産物になるわけで、それが宝石になるか、道路の敷石になるかはわかりませんが、それと同じく、自分の意思やエネルギーの発露であると共に、誰に向けて描いてるんだという想定ぐらいは、どんな芸術でも必要な作業ではあると。ま、そこに需要があるからといって、それにおもねるとか寄せきって描くとかそういうことではないのですが、想定ぐらいは必要ですねと。

描いているばかりだと見失いがちなんですが、いざ自分が「買うか買うまいか」という気持ちで他の絵を見ていると、やはり価値というものは、描く側と見る側の共通理解として存在するものだなと思うわけです。