2011年8月2日火曜日

目に見えない風景

普段、私たちが何かを見ている時、例えば目の前に建っている建物の向こう側にある、もう一つのビルや空や森の風景は、目の前の建物の陰に隠れて目には見えていません。


だから私たちは物の向こう側にあるものを「見えないもの「ないもの」として捉えます。


けれども、実際にはそれはあり、私たちの目との間にある対象物にいろんな影響を与え、またそこを通じて私たちの目や脳、精神にも大きな影響を与えているということは、あまり知られていません。


物の向こう側にある、目に見えていない風景は、時間軸で言えば残像、空間で言えば対象物を飛び越えて、または透過して私たちの目にしっかりと飛び込んできているのです。


全ての空間はそのようにできています。その建物の裏にある風景は目に届きます。これは空間を歪ませたり飛び越えて、または原子と原子の合間を縫って透過してきます。


時間軸で言えば、その建物ができる以前に建っていた古い建物が見えます。そこに住んでいた人の姿も見えます。全ての目に映る風景には、地球がただの空間だった頃からの色と氣と風景がしっかりと映り込んでいるのです。


しかしこれらは、私たちの視覚にはほとんど影響は与えません。意識することもできません。
そして同時に、潜在意識や氣の部分にはしっかりと届き、非常に大きな影響を与えています。


目に見えない風景はとても大切なのです。目に見えないからと言ってなかったことにすることはできないのです。


私が絵を制作する時は、常にこのことに注意して制作しています。私の絵の層には、幾重にも重なった様々な氣と描写が隠されています。


私たちの成り立ちも同じです。
私たちがお互いに見えるものは、皮膚と表情です。


けれどもそこを透過するものは、内臓であり、血管であり、骨です。さらに、その向こうには背後の風景が、見ている人には伝わります。
美しい場所に立っているなら、美しい背後の風景も伝わります。


それと同時に、私たち自身が考えていること、意識していることも伝わります。
さらに育った環境や両親の存在、生まれた場所も伝わります。
先祖の姿も伝わります。歴史が映り込んでいます。




私たちが見ていて「見える」と思っているものは、ごく限られた一部分だけで、本当は見えているものの後ろには、膨大な情報が隠されているのです。


そして、それらの背景そのものが、「今の自分」「今のその物」の真実を作り上げているということを、私たちはもっと認識しなければなりません。


どんなに見栄えが良くても、背景や歴史、本質が何もないものは、結局のところ薄っぺらいもの、嘘で終わってしまいます。


外見を飾り立てたければ、形を気にするのではなく、まずは中身、あるいは背景、歴史に気を配る必要がある。


これは私が様々なデザイン、絵画、人に触れて、年を追う毎にますます確信を持つに至っている事実です。


歴史と言いましたが、過去の事について「嘘も百篇言えば本当になる」というような事を言う人もあるようですが、これは結局のところ全く通用しません。
これによる結果は非常に恐ろしく、そして哀れなことです。
過去の嘘とわかっている事を真実のように何度も繰り返しても、時間軸における景色は全くかわりません。
それどころか、時間軸の風景に歪みを起こそうとする行為は、未来に作用します。
アファメーションの原理です。


例えば実際にはあったかどうか分からない「被害を受けた」という一断面を歴史や事実として強く認識し、それを繰り返すと、それは近い将来に本当にそうなります。


その人を存在させるための背景とは、そこまで作用します。


だから、美しい言葉を話し、美しい人と会い、美しい場所に住み、美しいものを食べ、美しい景色を見、美しい未来を信じる事が、とても大切なのです。しかもそれらは、「見てくれの美しさ」ではありません。中身の詰まった、豊かな美しさです。その美しいものの向こう側にも、美しい風景が広がっているものを見てください。中身のない空っぽの綺麗さはあなたをも空っぽにしてしまいます。


背景が美しいものに触れてください。
目に見えないものが美しいものに触れてください。


それが本当に美しいもの、あなたを美しくし、満たすものだからです。













0 件のコメント:

コメントを投稿