このところ、休みのたびにサンバーの下に潜ってます。
とても快調なKS3サンバーですが、500kmほど走っていろいろ気になるところも見えてきました。
なんといっても10万キロに手が届く軽トラですから、気になる以前にいろいろやらなければならないルーチンも山積みです。
結局、中古車(大古車)というのはそんな不具合出しや、ルーチンの作業や部品のことを考慮に入れたら、10万円や20万はあっという間に上積みされてしまいます。
それでも、人任せよりは自分でやった方がずっと納得できるものです。
やれる人にとっては。
まあ、ぼちぼちやっていくつもりです。
そんな訳で、ギアオイル(デファレンシャルギアオイルと共用)の交換です。
試乗のときも譲り受けて乗って帰って来た時も
シフトが入りにくいなあという第一印象があったので。
まあ、ダブルクラッチで繋げば、何の不都合もないのですが。
暖気運転後もなんとなく引っかかるので、シンクロスリーブがヘタっているか、ギアオイルがもうダメか、そのどちらか、あるいはどちらもだなあと。
昔乗っていたアルフェッタ(AlfaRomeo)と、とてもよく似たフィーリングです。
そもそもレイアウトが似てる。
アルフェッタはトランスアクスル機構でシフトリンケージが遠く、今ひとつ精度に欠けるのに加え、1−2速のレシオ(回転数差)が大きくてシンクロスリーブ(シフト時のギアの回転数を合わせてシフトが入りやすくするためのスリーブ)がヘタリやすいクセがありました。
なので、暖気したらうんと1速で引っ張って、ダブルクラッチで2速、3速に繋いでいました。そうするとスッとつながります。
まあ、そんなダブルクラッチ必須の仕様も嫌いではないのですが、やっぱり暖気したら少しはスっと入って欲しいので、まずオイルぐらいは交換しておきましょう。
サンバーはRR(リヤエンジンリヤドライブ)のため、ギアボックスとデファレンシャルが一体という、合理的な作りになっています。
なのでギアオイルとデフオイルは兼用です。
オイル交換は、デファレンシャルギアケースについているドレンと給油口からアクセスします。
デフケースを下から覗いたところです。
右下が、地面側になります。
中心付近に見える大きなボルトがドレンボルト。
画面左側奥のボルトが給油口になります。
デフオイルの補給は普通、サクションガンがないとできませんが、サンバーは上(荷台の開口部)から入れられます。この仕様は助かります。
まずはドレンから古いオイルを抜いて…
左側がドレンボルト。鉄粉がびっしり。右は給油口ボルト。
荷台の開口部から、ジョウゴと耐油ホースを給油口に入れます。
あとはあふれるまでデフオイルを注ぎます。
メーカー指定は75W-80ですが、まず80Wというのが最近はどこにもない。
そこで仕方なく、ホームセンターでも手に入る80W-90を試しに入れてみました。
2L入ります。
結果は、冷間時は以前よりさらに入りが悪くなってしまいましたが(笑)、暖気後は回転を上げれば上げるほど、スッとシフトが決まるようになりました。
シフトアップ時のダブルクラッチは全く必要なくなりました。
シンクロスリーブはまだしばらくは大丈夫かな。
が、冷間時の硬さはちょっと気になるかなあ。
で、今回の交換は大きなミスがありました。
オイル交換して満足しきって、廃油受けを見たら、ドレンワッシャが落ちてる❗
排出の時に落ちていたのを拾うのをすっかり忘れてましたorz
ワッシャなしでドレンボルトを締め付けると、オイル漏れなどいろいろ不都合が出てきます。ケチってドレン再使用したのもあまり良い事ではありませんが。
とにかくやり直しです。
まあ、今すぐオイルがダダ漏れになる訳ではないので、もう少し走って様子を見ながら、日を改めて、再度ギアデフオイルを交換致しましよう。
暖気が済んでしまえば80W-90で全然いいのですが、やはり冷間時の硬さはあんまり気持ちのいいものではない。
イエローハットで、75W-85という、なんだか微妙なレートのギアデフオイルを見つけたので、これでもう一度チャレンジしてみようと思います。
アーティストでデザイナーでヒーラー、サトチヒロのまぜこぜブログです。絵や芸術の話、制作過程、氣や魂やエネルギーの話、音楽の話、パイプ、オールドカメラ、クルマの話。 /アートストンギャラリー(銀座)所属
2018年3月24日土曜日
2018年3月14日水曜日
サンバーエンジンオイル交換 97570km
うららかな日曜日。
サンバーのオイル交換をしようと、ドレンボルトを外しにクルマの下に潜ったら
前オーナーの苦悩の痕跡を見つけてしまい「」。
ドレンボルトがまん丸。ご丁寧に逆ネジ切ろうと試みたドリル痕まで。
しかもしっかり芯がずれてます。
広げた工具やらウマやらジャッキやら全部しまって、ご飯食べて落ち着けて、それからツイスターソケット(ナメたボルトを外す工具)を買いに。
日曜夜の、アストロプロダクツ(自動車工具の専門店)の🅿️。
6台停まってるクルマが、自分含めて、全て軽トラor軽バン。
日曜の夕方、彼らのメインカーに何かが起きたのですねわかります。
サーキットで乗り壊したか、ガレージでいじり壊したか…。
取り敢えず、ツイストソケットを購入。
これは、ソケットの内部が凹ドリル状になっていて、舐めたボルトをガッチリ掴んで外してしまうという優れもの。
ところがせっかくこれを買って夜が明けたら作業再開と思った矢先、月曜は父の再入院で丸一日病院へ。火曜も同じく全く時間がとれなくなってしまいました。
いやあ、あの真っ黒オイルではもう1キロ足りとも走りたくない。
仕方がない、上抜きだ。
水曜日朝、少し時間が取れたので、上抜きでオイル交換しておきます。
ドレン外しは次のルーチンに。
97570km。
TAKUMI シンセティック 10w-40 2.4L
ギア・デフオイルも火急ですが、今日はここまで。
今日も急ぎ出かけなければ。
2018年3月13日火曜日
再入院
2018年3月11日日曜日
7年目
迫る津波と追いかけっこした父は
翌年には全ての記憶を捨て去り
今は近所の特養に入って4年目の寝たきり生活。
木曜から食べ物も飲み物も受け付けなくなり、昨夜は病院へ担ぎ込まれました。
この冬2度目。
いよいよかと思いきや。
今回は熱も肺炎もなく、点滴だけで帰所。驚異の生命力。
でも、そろそろお別れのことを真剣に考えなくてはならない。
食べられない、飲めない。
準備しろよとのサイン。
点滴中、ほっとして、ふとストレッチャーのキャスターをぼんやり眺めながら
くだらないことを考えてました。
「医療系のデザインは、ホントにやりたい放題やらせてくれたなあ」
とか。
一見見ると、転がり抵抗が莫大なのでエンジニアは決してこんな車輪の線は引かない。
でも、実際には中に仕込まれてるのはフツーのベアリングに過ぎない。
つまりはカバリングのギミック。
この見た目ギミックを、コストと衛生管理面と法規と機構設計と全方位的に知り、調整して具現化するのがデザイナーの仕事。
あ、コストは度外視だった!
そして営業ととても仲が良くないといけない。
散々飲み歩いた。
とか。
今春、母は塩釜の家に帰ることに…。
実家の仙塩地区では施設不足で父の入所が叶わず、僕の住む埼玉で入所。
父の看病のために母も移住。
3年経って、精神的にも限界が来て、向こうで最期を迎えたいと、父を残して。
父が食べなくなったのは、そのせいもあるのかなあ。
埼玉県内には、まだ3600人以上の被災者の方々が避難されています。
http://www.pref.saitama.lg.jp/a04…/documents/forhp300201.pdf
父母は別にこういった被災者にはカウントされてはいません。
でも、家が無事でも、家族が無事でも、情報も連絡も絶たれた状態で、寒さと不安と暗闇の何週間を寄り添い過ごした人々の思いは、何年経っても癒えることはないというのを、父母を通し、知ることが出来ました。
街は復興しても、心は、あの日のままの人もまだまだいる。
亡くなった友人や親戚の中にも、津波で亡くなっただけでなく、復興の最中、過労や心労やそういったものを抱えて逝った人が何人もいる。
年月が経つに連れ「花は咲く」を聴くたびに、胸が詰まることが多くなって来たのはなぜなんだろう?
どうか、一日も早く、全ての人が平穏な日々を取り戻せますように。
合掌
翌年には全ての記憶を捨て去り
今は近所の特養に入って4年目の寝たきり生活。
木曜から食べ物も飲み物も受け付けなくなり、昨夜は病院へ担ぎ込まれました。
この冬2度目。
いよいよかと思いきや。
今回は熱も肺炎もなく、点滴だけで帰所。驚異の生命力。
でも、そろそろお別れのことを真剣に考えなくてはならない。
食べられない、飲めない。
準備しろよとのサイン。
点滴中、ほっとして、ふとストレッチャーのキャスターをぼんやり眺めながら
くだらないことを考えてました。
「医療系のデザインは、ホントにやりたい放題やらせてくれたなあ」
とか。
一見見ると、転がり抵抗が莫大なのでエンジニアは決してこんな車輪の線は引かない。
でも、実際には中に仕込まれてるのはフツーのベアリングに過ぎない。
つまりはカバリングのギミック。
この見た目ギミックを、コストと衛生管理面と法規と機構設計と全方位的に知り、調整して具現化するのがデザイナーの仕事。
あ、コストは度外視だった!
そして営業ととても仲が良くないといけない。
散々飲み歩いた。
とか。
今春、母は塩釜の家に帰ることに…。
実家の仙塩地区では施設不足で父の入所が叶わず、僕の住む埼玉で入所。
父の看病のために母も移住。
3年経って、精神的にも限界が来て、向こうで最期を迎えたいと、父を残して。
父が食べなくなったのは、そのせいもあるのかなあ。
埼玉県内には、まだ3600人以上の被災者の方々が避難されています。
http://www.pref.saitama.lg.jp/a04…/documents/forhp300201.pdf
父母は別にこういった被災者にはカウントされてはいません。
でも、家が無事でも、家族が無事でも、情報も連絡も絶たれた状態で、寒さと不安と暗闇の何週間を寄り添い過ごした人々の思いは、何年経っても癒えることはないというのを、父母を通し、知ることが出来ました。
街は復興しても、心は、あの日のままの人もまだまだいる。
亡くなった友人や親戚の中にも、津波で亡くなっただけでなく、復興の最中、過労や心労やそういったものを抱えて逝った人が何人もいる。
年月が経つに連れ「花は咲く」を聴くたびに、胸が詰まることが多くなって来たのはなぜなんだろう?
どうか、一日も早く、全ての人が平穏な日々を取り戻せますように。
合掌
2018年3月10日土曜日
2018年3月6日火曜日
Takumiのペール缶
もうね、いろいろめんどくさいので20リットル缶。
これからオイル交換を3台分控えてるので、かなりの容量が必要なんです。
4L缶で用意すると、空き缶だらけになってしまいます。
BMWだけでも7L使います。
このTakumiというオイルは日本製です。とてもリーズナブルですが
オールシンセティック(合成油)で、Alfaに使って良い印象だったため
BMWでも継続して使っています。10W-40。
ヨーロッパ車や古いクルマには、怖くて30以下のオイルは使えません。
今の主流はハイブリッドや低燃費車で、オイル粘度も下がる一方。
0w-20とかありますけど、いくらピストン・シリンダーの精度が上がったとは言え
レシプロエンジンがそんなで大丈夫なのかと心配になります。
もっとも、どんなオイルもエンジンの中で高温劣化していくうちに粘度は下がって行きますけど。
本当は20W-40ぐらいあると理想的ですが、まあもう春だし、いいかなと。
シンセティックってあんまり冬ゲージの高いのがないんですよね。
鉱物油だと他メーカーでもう少し安く手に入ります。
古いクルマだといかにもねっとりな鉱物油じゃないとダメみたいなところもありますが、僕は今はもう1990年代以降のクルマにしか乗ってないので最近は使ってません。
それに鉱物油って、オイル交換リミットがかなりシビア。
横着してオイル交換をサボってると、すぐエンジンが唸りだして精神衛生上良くないです。マージンはあった方がいい。
後ろに写ってるのは、Korinの2.5tフロアジャッキです。
激重です。
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