2008年7月16日水曜日

誰でも幸せになれる、でも幸せって何?

幸せと感じるために、人は生きています。
幸せと感じることができないのなら、その人生は無意味です。
でも安心して下さい。
だれでも、幸せになれるのです。
花が咲くのが自然のルールであるように
人が幸せを味わう人生を送るのは自然のルールです。
もしも仮に今、どんなに不幸や不運が自分を襲っていても
それは必ず解決するし、充実した日々の中でそれらは霧散するでしょう。
「人生はなんと素晴らしいものだ」と叫びたくなる人生を送ることでしょう。
そして、いつも素敵な笑顔で過ごすことができるようになるでしょう。
人間なら誰しも、みんな幸せになりたいと願っています。
そして、人間なら誰しも、みんな幸せになれる素質と可能性を持っています。
だれでも、幸せになれるのです。
いえ、あなたは、誰よりも幸せになる義務を持って生まれてきたとさえ言えるのです。
あなたがもし今不幸な人生を歩んでいると思うのなら
それは、あなたが義務を果たしていないことになります。
なぜならあなたは、幸せにならなければならないからです。
ところで、幸せとは一体なんでしょうか?
お金持ちになることでしょうか。
それとも何でも思い通りになることでしょうか。
家族と一緒にいること?
眠ること?
おいしいものをたくさん食べる事でしょうか?
好きなことをしている時?
あなたにとっての幸せとは、何ですか?

お金持ちになることでしょうか。
それとも何でも思い通りになることでしょうか。
家族と一緒にいること?
眠ること?
おいしいものをたくさん食べる事でしょうか?
好きなことをしている時?
あなたにとっての幸せとは、何ですか?
私のオフィスは、新宿駅のサザンテラスという場所の近くにあります。
そこはクルマが入れない、ちょっとした遊歩道になっています。有名なカフェやドーナツ屋さん、レストラン、デパート、ホテル、が並んでいてとてもにぎやかな場所です。
にぎやかですが、のんびりとした雰囲気もあって、カップルや、外国から来る観光客の方たちのやすらぎの場所にもなっていたりします。もちろん、会社勤めのサラリーマンやOL、学生たちもたくさん通ります。
私はここで時々、そこを通る人たちの人間観察をするのが好きなのです。
表情を見ていると、その人の人生が見える時があります。
どんな生き方をしてきたのか、どんな人生と価値観で今を生きているのかが、見えてきます。
そうして観察していると、しかめっ面で、口をへの字にしている人がとても多い事に気づかされます。
とても幸せな人生を送っているようには見えません。
それは特に平日の夕方に多い様です。
けれども、たとえものすごい形相で歩いていた人でも、ひとたび同僚や友達に会ったり
待ち合わせていた恋人を見つけたりすれば
途端に満面の笑顔に変化します。
そういう顔は、嬉しく、幸せそうに見えます。
笑顔は、その人を幸せそうに見せてくれます。
いえ、実際に、幸せな瞬間を過ごしている時
人はみんな笑顔になります。
例えば、おいしい食事をみんなで楽しく食べている時
人は幸せな気持ちになります。
そして、笑顔になります。
人は、幸せでなければ笑う事はできません。
幸せが一体何であるかは別として、幸せな時
人は、たいてい笑う事ができる、ことだけは確かな様です。
人は誰でも、問題を抱えて生きています。
その問題が背負いきれるかどうか分からないような大きな問題だと感じたとき
人は「不幸だ」「不運」だと感じます。
「不幸」だ「不運だ」と感じる時間や機会よりも
「幸せだ」と感じる時間や機会の方が多い人生だったらどうでしょう。
それが幸せな人生ということになるのでしょうか?
幸せとは一体なんなのでしょう?
幸せと感じるためには、どうしたらいいのでしょうか?
(2008/07/16)

2007年3月1日木曜日

Alfa147のこと(その2) 〜2007年の記事から〜



147が、何か他のクルマに比べて、トルク感がどうとか、走りがどうとか
剛性がどうしたのとか、今更そういう事は言っても始まりません。
147はそんなに速いクルマではありません。

なのでほったらかしで道具として使っています。

イタ車乗りには、悪くもなってもいない部品を交換しては
クルマの調子を崩している人の割合が結構多いような気がします。

普段、クルマに乗らないからいとおしいのでしょう。
気持ちはわかる。

けれどもクルマは、いじり過ぎるとダメになっちゃいます。
締めたり緩めたり撫でたりしているうちに、メカがすっかりやわやわになって
全体がひ弱になるというのが、僕の経験則。

もっとも放ったらかし過ぎても壊れるけど。

でも「あんなに手をかけているのに」と嘆いたり。
自分で壊していながら「アルファは裏切る」と自嘲気味に言ってるのは
そりゃマゾに近いものがあるような気がします。

3000km毎にオイル交換して、タペット調整も欠かさないのに
オイルを少しずつエキパイから吹いてみたり
加速していかなかったり、
そんな現象を何度も目撃してきました。

クルマは道具です。
道具は、きっちり使ってやって
使い癖をつけたら、あまり必要以上にいじらないことです。
壊れたら、壊れた部分だけ直せばいい。
壊れても、それでいいならいっそ直さなくてもいい。
余計なところを予備整備などしないことです。

そして、自分にフィットさせることです。
服と同じ。
そのためには、とにかく乗るだけ。そして点検するだけ。

アルファ147を足にしていると
本当に良く出来た道具だと感じます。
そして普段着として、この上なく身体にフィットします。
イタリアの服のように、ところどころ最初からヤレていたり
綻んでいたりもするが、そんなことは気にしません。

それは、今まで乗ってきた、全てのアルファにも通じます。
アルファロメオとは
つくづく、乗りっぱなして、着流して
その能力を発揮するクルマだと感じます。



(2007/03/01)

2007年1月24日水曜日

Alfa147のこと(その1) 〜2007年の記事から〜

■Alfa147

数年のインターバルを経て、再び小さなAlfa(147)を、日々の足にする生活がしばらく前から続いています。
「AlfaRomeoは、新しいのがいい」Alfa147で、そう感じました。



それは、ワクワクする日常でもあります。


実は、この147に出会う前は、僕にとってのAlfaは、かつてのような「ワクワク」する存在ではなくなっていました。 正直、飽きていたと言ってもいいかもしれません。

ちょっと古めのAlfa2台を乗り継ぎ、美味しいところもニガいところもしょっぱいところも十分に味わい尽くしたつもりになっていたし、クルマとして足りないものも随分と思い知らされたようなところもありました。



いや、それどころかむしろ「もうクルマは当分いい」とさえ思っていました。仕事の移動で使っていたクルマを捨て、電車移動に100%シフトする生活を2年ほど続けました。
意外に快適な日々でした。
何せ、あの忌まわしい渋滞に会わずにすむのです。

出先で駐車場の確保の手間が要らない、ちょっとの移動ならタクシーも併用できる、そして何よりいつでも飲める。。。

クルマを使わない開放感、クルマでないほうが味わえるものは多いのです。
しばらくは自分でステアリングを握って目的地に移動するという行為すら、もうどうでもいいような気になっていました。



しかし一方、クルマには電車にはないメリットもたくさんあります。時間の自由、一人の時間。
僕のような仕事では、創造力を沸き立たせるために、例えばクルマのステアリングを握ることで得られる、一種の瞑想状態が存在することも知っています。

もちろんそれは、どんなクルマにでも当てはまる訳ではありません。また、だれにでも当てはまる物でもありません。ある特定の脳味噌の使い方をする時に、どんなに快適な電車や飛行機の座席でも得る事の出来ない、特殊な環境を、性にあったクルマだけが提供してくれます。
そんな訳で、Alfa147での移動は今、僕にとってはグリーン車か、それ以上に快適で、貴重な時間となっています。この機会を得られた事に、深く感謝しています。


■相変わらず、乗り手を選ぶクルマ

Alfa147セレスピードは、歴代アルファの例に違わず、相変わらず乗り手を選ぶクルマです。特に初期型は、シティモード(ATのように自動変速してくれるモード)で走っても、やたらとぎくしゃくした加減速になってしまいます。相当丁寧な運転をしたつもりでも、助手席に座っている人の頭が前後に振られるのを完全には防げません。

GTなどにくっついている最新のセレスピードはとてもスムーズで、まるでF1レーサーにコーチしてもらっているような気分になるのですが、147の初期型のそれは、シフトレバーの下に、くわえ煙草のイタリアオヤジ(不良)がいて、片手にコーヒーを持ちながら、片手で気まぐれにシフトチェンジを、ドライバーの代りに「仕方がなさそうに」やっているという雰囲気で、どうもシフトチェンジ自体が、不良イタリアオヤジのペースなのです。それでついつい、街中でもマニュアルモードで走ってしまう事になります。

AlfaRomeoというクルマは、直線よりもコーナリングが面白いクルマです。どんなに直線を早く走っても、アルファにとってはあんまり意味がありません。コーナーを駆け抜ける時の喜びが、アルファに乗る喜びとさえ言えるでしょう。

147のコーナリングの面白さも改めて書くまでもありません。Alfaとは、直線を200km/hオーバーで走り、コーナーを80km/hで走るクルマではありません。どんな道も100km/hで走るためのクルマ。もちろん速いのは前者。
つまり、Alfaの速さには意味がないのです。ただ、楽しい。それだけ。

元々、近代の小排気量アルファロメオは、レースやマニアのためのクルマではなく、公道をよりスムースに速く走るために進化しています。

ライン取りも、サーキットよろしくアウインアウトなどと格好つけず、思い切り、前のめりに曲がるのがいいのです。前のめりになったつもりでも、外側前後輪が、同じ位しっかりと沈み込んで、素早く、きれいにコーナーを駆け抜けてくれます。

FFになってから相当に固くなったとは言え、それでも十分に深いストロークの深いサスペンションと、外側2輪に均等に荷重がかかることで、ヨーモーメントをそのままコーナーを駆け抜けるためのふんばりの力に変換してくれる。だからアクセルを踏めば踏むほど、内側に切れ込む様に曲がってくれる。FRに乗っているような感覚に近いが、FRアルファよりもずっと安定していて、安全で、かつ面白いのです。

(2007/01/24)