海外の、それも白人のアーティスト(という名のミュージシャン)が、「アーティストも声をあげるべき」という主張をするものだから、日本人のアーティストもどうもそれを盲信して「そうだそうだ」となっているようだ。
でも僕は違う。
自分の頭で考えよ。
政治家は政治でモノを言い、世の中を良くしてゆこうとする。
農家はより良い作物を作って、世の中に貢献する。
ものづくりをする人は、より良いものを作って世の中を良くしてゆこうと努力している。
芸術家だって、芸術で世の中を変えればいいじゃないか。
政治的な活動で世の中を良くしていこうというなら、それは芸術家ではなく、政治家だ、運動家だ。
運動家としてなら、運動をすればいい。
だから僕は政治的に運動するような発言は好きじゃない。
本業を越えての運動的政治的発言とは怒りであり、権勢欲、現実的思想統制の影響力の行使である。
それが作品に現れるのだ。
本人は切り分けているつもりでも、必ずそれは作品に出る。
怒り、力み、皮肉、権勢欲、顕示欲。
それはその時はバレないかもしれないが、長い年月の間に、必ずその意図が滲み出て人々が気づくのである。
それは時代遅れの価値観でしかない。
不変の芸術を作り出すためには、それは足かせにはなっても、プラスには全くならない。
芸術は時空を超えた価値観を有してなければならない。
その時の感情や為政者に腹を立てたところで、芸術には何一つ良いことはないのだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿