2014年7月23日水曜日

東洋人が線で形状を把握しようとする理由

ある現代アーティストが「東洋人は線一発だけで対象を捉えられる才能がある」とどこかで言っていた。
しかしながら単一線か複数線かという問題は個々の元々持っている能力と教育の差であって、東洋人西洋人云々は思い違いに過ぎない。

まず、もともと和洋問わずデッサンの素養がない、観察力のない人は、ナニジンであろうと単純線だけで書こうとするし、その狂いは修正出来ない。

デッサンとは、形状把握、平面構成の基本を体系づけた教育であって、複数線はその最も重要な修正のためのテクニック。人種は関係ない。ヨーロッパでは美術教育の基本にデッサンがあるが、日本にないだけ。
なんでもかんでも東洋人西洋人で分けてしまうのは、無用のレイシズムを生むだけでなく、後進の発展にとって非常に有害である。

日本や中国ではずっと、長い年月を絵画の技法とは全く関係のない意味のわからない修行をしながら、師匠のやっていることを盗むしかなかった。それは体系付けられたメソッドがないからなのであって、やってみれば身につけるまで何十年もかかるものではない。

一方、技術的な能力に関わらず、正確な形状というものを最終的に獲得できるのが、ルネサンス以降の絵画のデッサン技法だ。
これは高度に体系付けられていて、頑張れば数年でマスターできる。


次に、日本で複数線による形状把握が好まれないのは、長年、紙と墨というやり直しがきかない画材しかなかったせいもある。しかし道具の発達は必要性から生まれる。
ヨーロッパにおいてもルネサンス以前はやり直しの効く画材は少なかった。ペン画やフレスコは「東洋」と同様に高度な鍛錬を重ねた後に一発勝負で描かれていた。

しかし限られた画家に限らず多くの職人がひとつの大がかかりな作品を作り上げる必要性があったために、綿密な下絵や試行錯誤、モックアップというものが編み出される。それを可能にしたのが木炭や鉛筆という、部分消去可能なツールや、隠蔽力の強い油彩絵の具である。そこでは名人の一筆一発勝負というのはあり得ない。

普通の画力を持つ画家達が、試行錯誤の上、高度で芸術性の高い作品を生むに至る過程は、デッサン教育の賜物にほかならない。

経験上だが、幼いころに与えられた画材がクレヨンだったという子は、主に鉛筆で描いてきた子に比べて絵の才能が止まるのが早い傾向がある。中学生頃にこの差がどっと出るようだ。

この原因はクレヨンがやり直しが利かない画材だからだと見ている。
クレヨンは無心で描いているうちはのびのびと描けていいが、写実に目覚めるようになると、やり直しが効かない故に学習用としては全く役に立たない画材だ。

ところが日本の美術教育は、クレヨンから突然水彩に突入する。水彩絵具もなかなかやり直しの難しい画材だ。
やり直しの利かない画材からやり直しの利かない画材を渡り歩く中で、突然、下絵だけは鉛筆を使用させられる。

途中の鉛筆画の訓練がごそっと抜け落ちているにもかかわらず。

もちろんうまくかけるはずもないが、クレヨン時代の長い子は、習慣で試行錯誤を得ないで着色に入ってしまう。小学生まではこれでも無心故にいい作品が生まれることもしばしばある。

けれども写実に目覚め始めると、鉛筆と消しゴムによるやり直しや複数線の試行錯誤を知らないので、自分には絵の才能がないと勝手に思い込んでしまう。

本来は構図や濃淡も含めて、鉛筆だけで表現できる時期を小学の中〜高学年ぐらいまでには身につけさせないと、その後その子の画風は止まってしまうと見る。

ただ自由に描かせてよいだけが日本の初期美術教育の本流になっている。
しかし小学の図工の教科書で延々と稚拙な絵を載せておきながら、中学の教科書になると突然、逆立ちしても描けそうもない作品ばかりがお手本として掲載される。ごっそりその中間が抜けているのだ。

高校生になって慌ててデッサンを学ぶ生徒もいるが、その頃には時既に遅しで、複数線や陰影で対象物の形状を把握するという概念からは程遠い画風が出来上がっているという訳。

だから日本(東洋)では最初から形状を一本線で捉えられない子は、画家としての登竜門はまず通らないという現象が起きる。

これが「東洋人が線だけで形状を把握しようとする」の正体である。
本来は、子供の頃に「試行錯誤と失敗を繰り返すことができる」鉛筆デッサンの教育を受けてあげさえすれば、もっと多くの日本人(東洋人)が、芸術家として名乗りを上げられることだろう。


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